おはようございます。

 

 

今日は30℃超え(真夏日)になるみたいです。

 

お城マニアに御城印・武将印は人気ですね。

■ ”御城印・武将印” 販売

(販売元:一般社団法人まくらがDMC)

 

 

 

「小堤城」

古河市小堤の円満寺周辺にあった方形状の城郭。

4,000枚を超える埋蔵銭が出土したことでも有名です。

古河公方足利成氏の腹心、諏訪頼方が城主をつとめました。

頼方の娘が病気になったときは快癒を願い、曼荼羅を円満寺に奉納し現存しています。

娘を思う父の愛に溢れたお城です。

 

※追伸 実はこの埋蔵金を見つけたのは私の会社です(笑)

確か私が14歳の時だったと思いますが、今の円満寺さん(旧小堤城)のすぐ裏側の釣り堀屋さん(昔は小堤城内)の母屋の新築工事の基礎の掘削作業の時に偶然にも発見されたものです。

私が学校から帰ってくると「釣り堀屋さんで古銭が発見された」って親父やお袋に言われて友達の加藤君と見にいきました。

当時の役場職員なども現地に来ていて大きなカメが4つか5つくらいあってその中に古銭がビッシリ!

古銭は緑青がついてる状態。

目の当たりに見て驚いたことを覚えています。

 

 

「女人堂砦」

飯沼東岸の台地上に構築された城砦です。

城跡であるとともに、恩名山川家の住居として今なお築150年を超える古民家が現存し、現在は古民家宿『Kominka翠』として開業し、一棟貸し、イベント貸し、農業収穫体験、キャンプ、ウェディングフォト、ロケーションフォト、ロケ地など様々なことに活用できる施設に生まれ変わりました。

 

 

「水海城」

水海小学校周辺にあった水海城と区別するために「古水海城」と呼ばれたりもします。

古河公方の重臣梁田氏が代々城主を務め、水運により大いに栄えました。

豊臣政権五奉行のひとり、浅野長政に攻められ落城、そして廃城。

明治以降の利根川改修工事で城跡は徹底的に破壊されました。

場所は利根川の堤防で新4号バイパスの真下のあたりにありました。

 

 

「山川靫負朝次」

女人堂砦の城主で山川家の家老。幼い当主を助け関ケ原合戦や大坂の陣で活躍した武将です。

結城家の福井異動にも従いましたが、戦乱の終結とともに恩名に帰郷。

家族と恩名の地で農業をして暮らしていくこと決意した心優しきサムライです。

 

御城印・武将印は下記の場所で販売させて頂いております。

※ 「お休み処 坂長」 茨城県古河市中央町3丁目1ー39

 

それでは今日も心に太陽を持って、素敵な一日をお過ごし下さい(*^^*)